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Swinging Popsicle in リッチモンド、ニューヨーク

撮影覚書

これは2006年春から立て続けにサンフランシスコ、ニューヨーク、ソウル、メキシコと、海外ライブを敢行した<Swinging Popsicle>のドキュメンタリーフィルムを撮る目的で同行した際の、スケッチ的な文章です。
正直ただの旅行日記ですが、ここでの映像を元に2本作り、これからも作ると思われます。
おそらくメンバーはここまで詳細な海外渡航時の模様を発表していないと思うので、ポプシファンの方には何かの参考になればとは思います。
あくまであとで映像をひっくり返した時に何があったか忘れないためのスケッチなので、目線は私目線(食べ物目線)となっている事をご了承下さい。

サトウヨシヤ

*注1(勝手ながら食べ物に関して5つ星でランク付けされております。僕は飲食に関してはプロでもあるので、当然ながら好みには左右されず、日本の食のクオリティを基準に、コストパフォーマンスも含めて考えて見ました。アメリカ人よゴメンネ)
*注2(これらの文章はポプシクルメンバーの総意ではありません。あくまでサトウヨシヤ個人の力のない気持ちです。ご了承下さい。)
*注3(メンバー敬称略)

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Swinging Popsicle in リッチモンド、ニューヨーク

2007・6・14(渡米)
今回は例のアニメフェスでのライブをリッチモンドでやってその後、ニューヨークのニッティングファクトリーでライブというスケジュール。しかしアメリカと言えども遠い。ダラスのトランジット5時間含めてリッチモンドまで20時間、、、。
ダラスの長い待ち時間の間、今回キーボードで参加のスティーブおすすめのハンバーガー屋へ。
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<昼食「ダラス空港内スティーブおすすめのハンバーガー屋」☆☆☆>
*アメリカンなハンバーガー
*地ビール

リッチモンドの空港にはアメリカレーベルJapan Filesのデイブとサポートドラマー、ノーランが迎えに来てくれた。車で40分、ホテルに着いて休憩。その後夕食。

<夕食「ホテル内のステーキハウス」☆☆>
*フィレ肉は焼きすぎだが、リブはいけた。
$250なんでちと高め

結構寂れた街なので夜の出歩きは危険風。そこら中のビルは崩れ、店もやってんだかどうだかわからない。信号を超えるとその先は黒人街。第一印象は予想よりかなりスリリングな街に感じた。今夜あとは寝るだけ。


2007・6・15(ライブ)
朝、ホテルの人に近くのデリを教えてもらった。ホテルを出て右すぐの信号を渡るとそこはもう黒人街。デリは真っ直ぐそのずっと先だ。まだ朝が早いのか店は開いていない。バス停では仕事に行くアフロの人たちがバスを待っている。カメラを回したかったが本日は断念。もう少し様子を見ることに。
そうこうしているうちにデリに到着。インド系のおじさんがやっているデリ&フードショップ。フレッシュなスパイスやビーンズから惣菜、酒などがある。チキンとローストビーフのサブ、ミルク、水、ピクルス、ポテトサラダを買う。$16.5
ライブ会場は1000人規模クラスででかい。サンノゼに続き大盛り上がり大会。物販、サイン会も大盛り上がり大会。
ライブ後ホテル別室でイタリアンのケータリング。予想通りアメリカナイズされたイタリアン。
その後ラストオーダーギリのホテルのバーで強引に注文をかまして飲み、今夜は終了。


2007・6・16(Q&A、サイン会、インストアライブ)
朝早く起きてしまったので、カメラを持って街を散策しに出かけた。地図を見ると川があるのでとりあえずそこを目標に歩いてみる。しかし朝早いとは言え誰もいない。ホントに人がいない町だ。大きなビルは結構あるのにどこも稼動していない。東京に生まれた僕からするととても不思議な雰囲気だ。
途中とても感じのいい公園があった。芝生に覆われ傾斜がありオブジェが点在するとてもきれいな公園。朝霧もあいまってとても気持ちがいい。しかもこんなに広い公園なのにやはり誰もいない。僕一人。不思議だがこんな贅沢もなかなかないのでリスちゃんと遊んだりして堪能。
結局大きな川の畔までは降りれなかったが、昔活躍してただろう古い線路があり風情があった。
帰りに昨日のインドおじさんのデリへ。ウィスキーを買いに言ったがハードリカーは無し。アメリカじゃハード系はなかなか売っていない。仕方がないのでおじさんおすすめのワインとビール、ミルク、水を買う。
ホテルに戻ってホテル内のレストランで地元スタッフとバイキングブランチ。
その後ミネコフと撮影場所のプレゼンを兼ねて公園に行った。さすがに昼過ぎだったので人は2,3人いた。

15:00からメンバーはQ&A、サイン会、インストアライブ。
夕食はなんとイベンターが用意してくれたロングリムジンでレストランに。映画でしか見た事無いようなリムジン。おそらくもう乗る事はないだろう。
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15分位走ると何だか別世界の様相。そこは白人王国。中流白人社会の典型みたいな町並みに変わってきた。
入ったアイリッシュレストランは白人の若い男女で溢れ返り、オールドアメリカンのハコバン演奏にあわせて20代の女の子たちが踊る。それはまるでアメリカングラフティの世界。

<夕食「若い白人だらけのアイリッシュレストラン」☆☆>$30
*グリルポーク
*サラダ(サラダはどこでもまずい)
*ギネスビール2杯
*ジェイムソンショット1杯

飲み足りないのでまたもバーへ行ってかるく飲む。
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<それはもうドンチャン騒ぎ>


2007・6・17(インストアライブ)
日曜なので店はどこもやっていない。しょうがないのでスタバで朝食。ベンチで本を読んだりブラブラしたり。黒人街には日本から見ると異常な割合でヘアサロンがあるのだが、どこも一杯。その店の前でも子供づれの家族が待ちながら遊んでいる。みんな楽しそうだ。日曜日の午後は家族で髪の毛を整える日。
ふと思い出す、子供の頃の日曜日のひとコマ。
借りている畑でもいだ枝豆と、父親が好きだった茹でた砂肝を家族で笑点、サザエさんを見ながら食べた。今も茹で上がったばかりの砂肝の匂いを思い出す。

午後はインストアライブを販売会場でやる。
おそい昼食はホテル内レストランでビールとペンネリガトーニ。少しうまい。

今日はリッチモンドのイベントの最終日だったので全体打ち上げがあった。チャイニーズレストランのバイキング。日記に記録が無いので何を食べたか全く覚えていない。


2007・6・18(いざニューヨークシティへ)
リッチモンド最後の朝、黒人街を撮る。そのまま黒人街をさらに奥へ。そうすると黒人街が終わり白人街に突入。アメリカにしては珍しくかなり下北チックなカフェを発見。20代風の可愛い白人の女の子が3人くらいで回している。店内の色使いや雰囲気もなかなか良い。ここでベーグルとコーヒーで朝食。
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<リッチモンドカフェ>

さぁ今日はニューヨークへ行く日。
実は何を隠そうアメリカで自分のお金を払ってまで行きたい所は、ニューヨークだったのだ。自分を紐解くとニューヨークには実にお世話になっている。ジョンレノン、ベルベットアンダーグラウンド、それにまつわるアーティス達、アイダ関係、ビート文学、ボブディラン、ローラニーロ、ブルーノート、最先端のレストラン、ウッディアレン、沢山の映画、9,11、ぱっと思いつくだけ書いたけどその他、たくさん。
車で移動。だんだんニューヨークへ近づいてくる。ハイウェイからチラ見えてきた小さくそびえ立つ自由の女神に気持ちが舞い上がる。ニューヨークに入りすぐのガソリンスタンドではいきなり真っ裸のヤク中のオッサンに遭遇し金をせびられる。
来たぞ、ニューヨーク。
トライベッカのチェンバーストリート沿いのホテルに到着。グランドゼロのクレーンが見える場所。かなり古いホテルでエレベーターのドアが開かなかったりするのだが、それでも1万円くらいする。さすがニューヨーク。物価も違う。
しかしあてがわれた部屋が全く陽が差し込まず、その上何かを隠すかのように安い香水ぽい匂いで充満している。入った瞬間イヤーな感じがしまくりでさすがにチェンジしてもらった。まぁニューヨークの古いホテルなんてどの部屋で何があってもおかしくはないのだが、あまりにも最近じゃねえの?って感じだったので。せめて成仏してから部屋を開放してほしいものだ。

気を取り直しリトルイタリーへ。レーベルのイタリア系デイブのおすすめの店に行く。いい感じに賑わっているレストランのガーデン席。外メシは好きだ。他のお客さんもワイワイやっていて活気がある。ゴッドファーザーの家族団らんのテーブルみたいだ。
それでは久々の☆を。

<夕食「NYリトルイタリーのゴッドファーザーみたいな店☆☆☆☆>
*カプレーゼ
*プロシュート&サラミ
*ボンゴレロッソ
*カルボナーラ
*ペンネペコリーノチーズ
*ニョッキ
*ティラミス
*チーズケーキ
*ワイン3本
さすがニューヨーク。勢いがあり、美味かった。


2007・6・19(ニッティングファクトリーライブ)
朝6時半に起きてロウアーマンハッタン(下の方)を散歩。朝から活気がある。まずはホテルの前の道を南へ下る。
9,11のニュース、映画を繰り返し見続けた僕にとってはあの灰だらけの道に立ち並ぶ商店がそのままの形で復旧していることに気づかされる。
そうだ僕は今、あの繰り返し見た映像の真っ只中のホテルから、その道をあのツインタワーへ向かって歩いているのだ。灰色の街に消防車、救急車、パトカーがけたましク南へ向かい、灰色の人々が北へフラフラになりながら逃げる映像を思い出す。
地下鉄の簡易陸橋からグランドゼロの全貌を眺める。
だだっ広い工事現場のような場所に折れ曲がったビルの鉄柱がひとつだけ残されている。
こんな広大な敷地のビルが崩壊したと想像するのはたやすいが実感は無い。
あまりにも現実感がなく想像力がそこまで及ばないのだ。
僕は感情だけで涙を流す。
そしてそのまま自由の女神を西に見ながらマンハッタン島の最南端まで歩く。帰りは出勤途中のニューヨーカーの流れに混じりウォール街を抜けホテルへ戻った。
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しかしまだ8時半。集合は11時。さてどうしようか。地図を眺める。地下鉄の路線図を見るとダコタハウスの駅まで1本ではないか。
やっちゃうか、ひとり地下鉄。英語出来ないけど乗り換え無しならどうにかなるかも。
ということで、ダコタのある72stへ行ってみる事に。
ダコタは後日皆で行く予定にはなっていたが、実は一人で行きたかった。
とてもパーソナルなわがまま。
どうにかチケットを買い、いざ地下鉄に乗り込む。しかしなんだか様子がおかしい。この電車、駅を飛ばしている。まさか急行みたいのに乗ってしまったか?路線図を確認するとそんな感じだ。いかん、次の駅を超えると次はハーレムまで連れていかれてしまう。
これはエキサイティングすぎる。なんちゃって一人旅にも程がある。帰れなかったら怒られる。
最後の決断をし、次の駅で降り白人の優しそうなおばさんに「ココに行きたいがどの電車に乗ればいいのか?」みたいなことをツタナイ英語と身振りで聞いてみる。どうやらおばさんは「次の電車に乗ればいいから」みたいなことを言っている。そしていっしょに電車を待ってくれて「ほらこれに乗れば大丈夫だから」みたいなことまでしてくれた。助かった。僕はセンキューと言い鈍行に乗り込む。
良かった。助かった。危ないところだった。

さぁようやっと72stへ着いた。
僕は地下鉄の階段を上がる。
斜め頭上に日差しが見えた。
地上だ。
最後の階段を踏みしめ前を見る。
道を挟んだ先に門番がいる玄関があった。
ジョンが射殺された門だ。
何度も何度も写真や映像で見たあの門だ。
僕が選んだいくつかの出口はダコタハウスの正面玄関前だったのだ。
そんな偶然にまたもや涙が溢れてしまった。
そんなつもりはないのに本日2度目の涙である。
信号を渡り門に近づく。
門を見上げ、倒れたアスファルトを見る。
写真は撮らなかった。
心に留めておきたかった。
この感情を忘れる日が来たらそれまでだ。
そしてセントラルパーク。
ジョンとヨーコが散歩した道。
とても美しい公園。
僕の一歩は頭に蘇るジョンの姿と連動し力が入る。
強く踏みしめた先のジョンの歩いた道から僕の脳へ突き抜けた何かが、
真っ青な空へ舞い上がりそのまま漆黒の宇宙へ一直線に飛び出す。
とてもきれいな弧を描いてそれは見えなくなる。
僕の中のフィルターはまだ汚れていないのだろうか。
観光客で賑わう雑踏の中で僕は思う。


集合時間にはどうにか間に合いメンバーと合流。デイブおすすめのデリへ。お昼時なのでとても賑わっている。
順番に並びショーケースに入っている食材をチョイスしていく。
今までのアメリカのサラダは全滅だったのだが、昨日のイタリアンも今日のこのデリもサラダが新鮮だ。
さすがニューヨーク。ヘルシー志向。やれば出来るのだ。
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さてニッティングファクトリー。1階は1000人規模のスタンディングのライブハウスで地下は300人規模のライブハウス。下北251くらいか。
本日ポプシクルは地下でライブ。
雰囲気は日本のライブハウスと変わらない。バーカウンターがありステージがあり簡易テーブルがある。PA卓は16chとチトしょぼい。その上エンジニア遅刻。来てもやる気が無い。
対バンは地元の日本人女子ミックスのバンド。現代ジャズを基調にしたようなポップス。
ライブは対バンのせいか日本人のお客さんもチラホラいたりして盛り上がった。
打ち上げは対バンの方が行きつけの日本風居酒屋。久しぶりに口にしたラーメンやうどん、味噌汁は日本ではありえない風なのだがおいしく感じた。
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2007・6・20(アー写、観光)
12~13時メンバーはインタビュー。
その後ダコタハウスに皆で行き、南へ少し下った近くの自然史博物館で自然史の勉強。更に下りタイムズスクエアーでアー写撮り。その後、自由行動。
デイブとスティーブが明日帰るので、22時にロビーで待ち合わせて近くのBARでサヨナラ会。昨日の対バンの人も参加。
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<4グラサンズ>


2007・6・21(観光)
今日は完全自由行動。ボーカルミネコフと観光。

<朝食「ウォール街のデリ☆☆☆>
*グラム売り大盛りサラダ
*チキンポタージュ
*ミネストローネ
*パン2個
*コーヒー
*オレンジジュース

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<MOMA>

自由の女神行きフェリー乗り場から自由の女神を見る。
北上しミッドタウンノースにあるMOMAへ。現代アート鑑賞。アンディウォーホールを始め現代と言いながらもピカソなんかも多数有りで満足な感じ。
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<おいおいジョージは2番目だろ>

そのまま5番街まで歩きで北上し、セントラルパークの最南の入り口のMAC館やデパートをチラ見。銀座みたいな感じ。
松井秀樹グッズのお土産を頼まれていたので地下鉄で南へ下りタイムズスクエアのヤンキースの店へ。
その後南下しソーホー、ノリータ地区で服とか買い物。
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<ノリータミネコフ>

そして憧れのイーストヴィレッジへ。歩いているとビートニクスの溜まり場のカフェや、ボブディランが最初に演奏したライブハウスに遭遇し感激。ここら辺は唯一6,70年代の雰囲気を残していて当時のアルバムジャケットや写真のまま。オープンカフェレストランも活気がありとてもいい感じ。
そろそろお腹が減ってきたので最後の夜を豪華に締めたい。
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<イーストヴィレッジカフェ>

<夕食「ブルーノートの裏道にあるフレンチレストラン、BLUE HILL」☆☆☆☆☆>
この店は野菜や肉もオーガニックの自家製を目指しているフレンチで$68のコースのみ。(カウンターはアラカルト有り)
予約無しの満員にも関わらずカウンターを常連さんが開けてくれて入れてくれた。
超おすすめ。是非行って欲しい。
僕は何やかんやいいながらもアメリカの料理は実はもっと凄いものだと思っていた。そしてそれを探していた。しかし無かった。だがニューヨークだけは違うと踏んでいた。それは正しかった。
町場のデリもとても美味しかったし、この店に関して言えばコストパフォーマンスは日本の同等金額クラスのレストランより満足できた。さすがニューヨーク。憧れていて良かった。行ってよかった。良い夜をありがとう。
なんでしっかり書きます。

*「コース$68とバーテンダーおすすめの白ワイン$40」
(ミネコフは全く飲めないのだがワインと日本酒は少しだけ飲める)

*「パン、人参の塩を付けて」
(まさしく人参の香りと味のする塩)

*アミューズ 「薄いガーリッククッキー、ベジタブルスープ」
(このベジタブルスープはドレッシングのような感じ。付けて食べる。おもしろ実験的料理)

*前菜「白身魚のキューカンバソース」
(完璧に焼き上げられた白身魚(多分ススギ)にキュウリのソースがかかっている。コリアンダーの香りもして、全体的に爽やかな仕上げ。飾りの野菜も当たり前だが細かく均一に丁寧にカットされている)

*前菜「朝採り玉子のポーチドエッグ、いろいろな豆と」
臭みの全く無い玉子と完璧な火入れ。半熟の黄身を崩して新鮮でコクのある豆をパリッとボイルされたスナップエンドウやグリンピースと共に食す。

*メイン「ポーク、チキンのいろんな部位のロースト、サラダ添え」
(5枚肉ポークの皮はパリッと焼かれ中の肉はとてもジューシー。チキンブレストはもの凄くしっとりと火が入っている。美味すぎ。モモ肉も同様にしっとりとコクがある。この食感はコンフィ的なものかなと思ったが、おそらく最近流行りのオーブンに短時間入れて外に出し休ませると言う、とても手間のかかる調理法を実践しているのではないかとふんでいる。付け合せはシンプルなサラダだが、ヌメっとした食感のハーブと花付きキュウリがとても新鮮で美味い)

*デザート「ブルーベリーとサワーヨーグルトのソルベ、子苺とミントのジェラート」
(果物が新鮮で美味いので余計な事をせず素材の味をふんだんに引き出したシンプルなデザート。とてもさっぱりとしていて美味い)

もう夜も更けたのだが気分が良く歩きたい。
道はホテルまでほぼ一直線。
なんかやばそうなら走って逃げろだ。
30分くらいかかったが帰りは歩いて帰った。
とても気持ちの良い夜。


2007・6・22(帰国)
早朝ミネコフと、いつも行っていたホテル目の前の24hデリで買い物をして、店の前でしゃがんでコーヒーを飲んでいると、毎日深夜のレジ打ちをしていた韓国人の兄ちゃんが話しかけてきた。
「どこから来たんだ?」
「日本だよ」
「観光か?」
「いや、彼女のバンドがライブをした」
「おぉそれはすごいな」
「君は韓国人か?」
「そうだ」
「夜勤明けか?」
「そうだ、これから帰って寝るよ」
「お疲れちゃん」
「次はいつ来るんだ?」
「今のところ予定はない」
「そうか、残念だな」
「でも、また来るよ、きっと」
「そうだな、また来ればいいな」
「うん」
「じゃぁまた会おう」
「うん、またね」


ニューヨークはまた行きたいと思わせる街だった。僕は英語が出来ないけどアノ街に憧れて住む人の気持ちはわかった。
もちろんニューヨークは陽だけでなく陰の部分も沢山ある。最近は家賃が高騰しお金の無いアーティストらはマンハッタンから出て行っているらしい。
でも人をひき付ける何かはまだまだ健在なのではなかろうか。たった3日くらいで論じている自分を重々承知で。
道が京都のように簡単で狭い地域(下手したら自転車で回れてしまう感じ)も知ったかぶり感を助長させるのかもしれない。
ニューヨークは東京と似ていると良く言われる。
確かにそういう部分もある。エネルギッシュで最先端でエキサイトだ。そして良くも悪くもクールだ。
しかし違いをひとつ言えるのは公園の美しさや、規模だ。
規模は国土面積うんぬんもあるので仕方ないのだが、公園に関してはニューヨークだけではなくどこでも整備されている。これはヨーロッパでも同様である。
生まれてから東京にずっと住み続けて、いろんな国へ行ってきたがこれだけは日本は世界に劣っているひとつだと自信を持って言える。
ゆとりもない。シエスタしても経済がなんとなく安定しているのであればそれでいいのではなかろうか?
日本的なめまぐるしい文化はとっかえひっかえに生まれては消えていく。
本当に大事なものは普遍的に続いて行くと僕は思う。
建物が古くてクーラーの備え付けやインターネットのインフラが整備しにくくったって、人は生きていけるし、大事なものは無くなったりしない。
要は心の持ちようである。
慣れてしまった便利さもわかるが、古代から続く真の気持ちよさを忘れないように、今後もギリギリしゃれた世界を汚さないように生きていきたい。
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