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ライブの後はお肌に気をつけて!

レッツパーミンしてからお肌の調子がおかしい。
もともと強い方ではなくキッチンワークが多いせいもあり手荒れはいつもしていた。タバコの煙りで手が痛いくらいだ。

ライブの時あたりになるとかなりヤバイ感じになってきてて身体にも、まわってくるようになってしまった。
一時期皮膚科に行ってステロイドの薬をもらっていたのだが、結局は身体から直さないといつまでたっても治らないので、
調子が良くなった時を機会に自然系のクリームに変えていた。
しかし今回眠れないほどカイクなっちゃったので1年半振りに病院に行って薬をもらってきたのだ。
しかしライブまでには赤みが引かず、まぁそれでライブが出来ないってわけでもないのでいいんだが、後が悪かった。打ち上げだ。
お酒を飲むとカイクなるのでそれまでかるく控えてはいたのだが打ち上げで飲まないわけにはいかない。
むしろ飲まないのであればそれは打ち上げではない。
かつてLOFTやSHELTERの打ち上げ終了間近になると、テーブルの上に腹這いになり平泳ぎで前に進みツマミやら紙コップをことごとく床に落としながら掃除の手伝いをしてた僕が言うのだから間違いない。
あぁ今日飲んだらこの身体はヒドイことになるな、、、とわかっちゃいるのにやってしまった。
ナカナカ良い感触でライブを終えた僕らは吉祥寺で3時くらいまで飲んだ。
最後タカちゃんと2人になってタクシーで僕の地元へ。モウ一杯いこうか?って感じだ。
カンケさんのハモンドとノードリードを預かるので一旦家に寄りタカちゃんの荷物も置きそのまま車で駅に向かった。
前も書いたが僕の住む街にイカシた飲食店は数えるほどしかないのだが、最近見つけたフォークロックバー?みたいなホントしょぼい店なのだが、しょぼすぎてオモロイみたいな店があったのでそこに行った。
もちろんデートでは使えない。男と行くしかないようなとこ。
看板には『オシャレなバーではありません』と書いてある。
きっと開店当初スノッブなカップルが間違って入ってしまいトラブルでもあったのだろう。
細い階段をのぼると聞えてきた、フォークミュージックが、、、。
店内はカウンター5、6席と場末のスナックみたいな6人くらい座れるテーブル席。
テーブル席には篠山キシン似の男とラーメン屋の仕事帰りみたいな男が熱くフォーク談義を展開してる。
カウンターには、黙って酒を飲み続ける背の低い白人の男、音に合わせて永遠に首を振り続ける日曜日のお父さん着の中年、うっぷしてダウンしてるペイズリー柄の服を着た髪の長い女。
僕らは女のとなりにかろうじて空いてた椅子に座り店内を眺める。
照明は薄暗い蛍光灯でバーなのに現実感アリアリで、これだったらまだ裸電球の方がムードが出る。
時計は昔金持ちの親戚の家で見たことあるような外国の街のネオンの写真にむき出しの針が付いているやつで、もちろんネオンは麦球かなんかで光ってる。
テーブル側の壁にはアナログ盤のジャケットが一面に貼ってある。
ここまでくるとマスターは個性的であるのが一般的だがハスイケカオルさんのお兄さんみたいな風貌でけっこうクールだ。
メニューには『こちらからは話し掛けません』とまである。結構、ありがたい。
僕らは静かにアツク、フカク飲んだ、フォークミュージックを聴きながら。
僕らはようやく店を出て日も昇り綺麗な空気と朝焼けの中、屋台のラーメンを食べた。
そこのラーメンはそこいら辺のラーメン屋より旨い。飲んだあとはさらに旨い。
偶然イキツケの寿司屋の中国人のオバサンもいっしょになり、中身はスッカリ忘れたが日中友好談義に花を咲かせる。
その後タカちゃんと中国人のオバサンは仲良く電車で帰って行った。
その後の事は知らない、、、。
とまぁ、そんなこんなでまたもや楽しくたくさん飲んでしまいました。
次の日大変でした。
ビールひとくちで、カイカイに。
それじゃぁこれはどうだ!とばかりに0,9%の低アルコールビールを初めて購入、挑戦。
またもカイカイ。
もしかしたら僕の長きに渡るハードドリンカー人生は終了したかもしれない。
しょうがないので治るまで禁酒宣言です。
でも禁断症状とかが出なくてひと安心な今日この頃。
今思えば、金が欲しくて人体実験のバイトをやってからこんな風になってしまった気がする。
もちろんその気はあったんだろうけど、、、。
これから人体実験やる人は(特にアレルギー持ちの人)は気をつけてね。っていっても若かりし頃ってそんなことより金だよな。
でもきっと余計金がかかるハメになるので心に留めといてください。
人体実験は外国で認可されてる医療品が日本で発売される場合にもおこなわれる。
こういうのであれば同じ人間が使ってきた物なのでけっこう安心だが
(まぁでも病気でも無いのに薬を飲むこと自体、身体にいいわけないのだが)
猿の次とかになると不安だ。
しかし金はいい。ここが難しい選択。運ですね、あとは。

僕が一番キツイのをやった時は8日で30万だった。(それでLONDONに行った)
もちろん入院、隔離だ。1日に飲める麦茶の量も、ゴハンの量も決まってる。
規則正しい生活と充分な睡眠。思う存分に読書。知らない仲間と午後のオヤツなんか食べながら知的なおしゃべり。
ノンアルコール、ノンカフェイン、ノンスモーク。
生活としては心身共に健康になる。ここまではなにやらスローライフっぽい。
しかし仕事が待ってる。
朝、起きたくないのに起こされ、屈辱的なネーム入りマイボトルに採尿。
ベットに横たわり医者の診断。
その後厳かに運ばれてくる機械から針を通して身体へ連結されるやないなや機械始動。
ウィィィンとウナリをあげた機械からなにやら意味不明の液体が右腕から流し込まれる。
同時に左腕からはやはり機械により血が抜かれていく。
もはやオレはマシーン。
生身の臓器を使っての実験。
それ以外にも1日数回の採血やら心電図やら、血圧チェック、採尿などがあり、刻々と変化する身体をスケジュールどおりに調べ尽くしていく。
これくり返し、毎日、、、。
しかしどんなところにもエキスパートはいるものでそれだけで生活してるヤツなんかもいる。
ホントは一回やったら3ヶ月次の治検は出来ないのだが各病院を転々としてうまいことまわしてるヤツとか、オイオイ大丈夫かね?と忠告したくなるほどだ。
もちろんいろいろな情報も持ってて(プロだからね)どこそこは血を高く買ってくれるだとか、実はこのあいだアソコの病院で死んだなど、話としてはオモシロイ。
しかし人間とは不思議な物でたいした日数でもないのだが隔離されてると外に出たくなってくる。
窓から見ればそこは桜吹雪の神田川。
街はいつものように動いている。
夕方には豆腐屋の笛の音が鳴り響き、子供達の声が聞こえる。
遠くのクラクションの音、鉄橋を渡る電車の音がかすかに聞こえる。
世間との根絶、、、。
白い壁、サイケな薬、突き刺す針、振れるVU。
世界に見放されたディオラマ。
手を伸ばせば届きそうな場所へ出れないジレンマ、、、。
たまらず夜中に抜け出し病院衣のままやたらハイテンションで歩いた僕らはきっと精神病院から抜け出したヤツらに見えたことだろう。
これが自由か。
久々に飲んだ缶ジュース&タバコの旨かったこと。
そのとき思ったのが僕にはムショ暮らしは出来ないということ。
悪いことしないよう今後も生きていこうと深く思った。
そう思わせただけでも行った価値はあるかもしれない。
しかし引き際は肝心。
いくら金がいいからといっていつまでもやるようなことではない。
やはりやってみるとそれくらいのギャラはもらわないとねって気分だったし。
数字だけ見れば良いかも知らんが、決して割がいいとは思えなくなっていた。
そんなある日、何回目かの入院をしていた時の事。
いつものように囚人映画のワンシーンのごとく皆揃って食堂の長テーブルで朝食を食べていた。
僕の前の席には気の弱そうなボッチャン顔の小太りなA君が座っていた。
この仕事は食事くらいしか楽しみがないのでムシャムシャとゴハンを食べていたところ、何やらA君の箸が止まってる。
ふとA君の顔を見ると色白なA君の顔が青白いとかを通り越してなんと透きとおってる。
あれっおかしいな、と思った瞬間!
みるみるうちに遠くをみるような目に変わりだし(いわゆるイッちゃってる目)、顔の全筋肉が緩み始め、口から泡を出しながら、
アッと思う間もなくそのまま味噌汁に顔を突っ込み撃沈したのだ。
看護婦はあわてながらも素早く即搬送!
何ごともなかったかのようにテーブルは片付けられ変わりにA君似のクマさんが座らされた。
この衝撃と病院側のものすごい早さの対応も含め僕らはあっけに取られていた。
まじかよぉ、、、内心皆そう思っていたはずだ。
しかしモクモクと食事を続ける僕らであったのだが。
部屋に戻るとA君のベッドはキチンと整頓され荷物も無くなっていた。
僕らはそこにA君似のクマさんをそっと置いた。
その日の昼食の時間、病院側から説明があった。
それは今回の薬の副作用として眠くなるというのがあり、A君にはそれが強く出てしまったという旨だった。
そしてくり返しA君は大丈夫だからとしきりに言った。
さらにこの薬には何の問題もないが辞めたい人は今ここで辞めてもいい、
特別にこの日までのギャラも出しましょう、ということも言った。
しかし全てを見た僕は思う。
眠くなった瞬間に人間あんな顔をしてたら百年の恋も冷めますよ、と。
ここは金の亡者が死をかえりみず来る場所だ。
そんなヤツは最初から来なければいいのだ。
僕らはプロだった。
プロフェッショナルたるもの仕事を全うしなければならない。
結局誰一人ドロップアウトする者はいなかった。
しかし僕はここいらで潮時だなと思いその仕事をやり終えた後、人体実験を引退した。
ちょうどいいキッカケだった。
今でもA君の壮絶な最期を思い出す。
人間が全く力を入れずにテーブルに倒れこんだ時の衝撃の音と、スローモーションで味噌汁に突っ込んでいった時の彼の顔と、美しい王冠のように飛び散る朝ゴハンを、、、。

グッバイ、A君。

そしてアリガトウ。

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