スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


黒いカバン

その日僕は新宿の地下道を歩いていた。
夕方六時の新宿伊勢丹方面への地下道は、適当に歩いていたらぶつかるくらいに人で溢れる時間だった。
僕は皆と同じスピードで普通に、足早に、歩いていた。
封切られたばかりの映画を見に行くためだ。

道行く人、ひとりひとりののアイディンティティやらは無い。
その流れは魚の群れみたいに秩序が守られていた。
足音は無指向に無差別に低い天井に当たっては消え、また生まれた。
意識なく歩く。
それは当然誰もが日々経験するような歩き方。
就寝後の脳内活動で確実に<未来にいらない記憶リスト>にいれられるであろう、そんな記憶分類の歩き方だ。

その時ふいに後ろから肩を叩かれた。
僕は一瞬(とても短い時間)待ち合わせの子かと思い振り向く。
しかし肩を無造作に叩いたのは若い二人の警官だった。

「お忙しいところすみません」とガタイのいい警官が言葉をかけてきた。

僕は一瞬(とても短い時間)何か落としたのかと思った。
が、ガタイは間髪入れずに(こちら側のコミュニケーションの意志を確認せずに)切り出した。

「最近ナイフを持ち歩いている若者が多くて事件が多発しているんです。申し訳ないがカバンを拝見させて頂けないでしょうか?」

僕は突然の予想外な出来事に「へっ?」と言ってしまった。
それは自分も呆れるような「声」だった。
身体から無意識に発してしまった「おなら」のような「声」だった。
無防備でいて繊細な「音」。
もちろん匂いはナッシングだ。
それはマンガ界では確実に吹き出しの外に使われるだろうマヌケな擬音。
「へっ?」強調されるべき擬音。
「へっ?」手書きで書かれる擬音。
「へっ?」聞いたことあるようでない擬音。
「へっ?」

僕はもう大人だ。
たしか若者ではないはずだ。
それを証拠に真の若者と接した時のある種の寂しさを感じるし、浅はか過ぎる若者に呆れ果てしまいには説教をたれる。
この感情が年々強くなってきている。
だから自分はすでに若者ではない!と自覚をしているつもりだった。
この呼びかけに対し僕はどういう対応をすればいいのか?

大人とは「驚き(日常のあらゆるトラブル)」を「面白さ」に変えるすべを持っている。
どんなトラブルも円滑に対処するにはまず冷静さとそれをオモシロさに切り替える事が出来るかが勝負だ。
そうでなければこの世界を泳いでゆく事はできぬ。

しかし!ここはそんな知的ゲームで遊んでいる暇はない。
封切りの映画と待ち合わせの時間はすでに秒読み段階なのだ。
遅刻にうるさい待ち人に怒られてしまうじゃないか。
それはイヤだ。
どうにか避けたい。
この場を早く立ち去りたい。

だがその時僕のひなびた頭にどうでもいいセリフが頭をよぎってしまった。
ナイフを探す警官の返答ととして<オレの心にはナイフを持っているがな>と、、、。
そしてその言葉が頭をよぎったが為にかるく顔がゆるんでしまった。
しかも悪い事にそんな顔つきで「ナイフですかぁ?オレがぁ?持ってないですよぉ」ちょっと若者風に言ってしまった。
この言様が悪かった。
彼(ガタイ君)の熱いハートに火をつけてしまった。
僕は昔からこの手の失敗を繰り返してきた。
言い方が悪くて人に誤解されやすいのだ。

ガタイがさらに続ける。

「最近あなたのような若者がここら辺でホームレスをナイフで刺したんですよ。御協力願いたいのですが!」
完全に目が血走り決め付けに走っている。
今平和な新宿地下道の片隅で冤罪の卵が生まれ始めている。

僕はその予想外のトンチンカンな千里眼具合に笑いをかみ殺しながら大人の振る舞いで「いやいや、あなたのようなと言われてもこちらは特に黒いジャージや白いスーツを着て風を切って歩いているわけでもなく、過度なヘアースタイルなわけでもなく、至って普通の感じなわけなのです。それとここ重要ですが、あなたが思う程、僕はワカモノではないんです、勝手ながら。あいすいません」
みたいなことを時間がないもので正気に説明するのだが全く通用せず、もう一人のひょろいヤセの警官が「あのですね、カバンの中だけ見せて欲しいんですが」とかなりイライラしながら僕の言葉尻にかぶって言い出してきた。

ここで僕はここを切り抜けるには潔白を証明するしかないと思いカバンを自ら差し出した。
とにかく急いでいるから早めにお願いするよ、諸君。
僕は大人風に優しくそう言った。
彼らは警官としてもヒトとしても全くの能無しだがそれを言っている暇は今はない。
今は大人しくこの場をやりきるのが一番の最善策だ。

彼等は特級品の能無しのクルクル眼球でカバンをクルクルサーチしだした。
仕事柄カバンは3ウェイ以上の物を最近は使用しているのでかなり細かい。
ひとつひとつチャックを開けてはさらにその奥のポケットまでを脳無しなりに入念に調べている。
そして能無しらが最後にこじ開けたのがこのカバンの中で「もっとも大事な物入れ」に指定しているポケットだった。
そこには仕事柄(という程の事でもないが)4、5種類の銀行通帳が入っていた。
能無しの彼等からみるとこんなワカモノ(じゃないのだが、、、)がこんなに複数の通帳を持っているのは多いなる疑問だったのだろう。

ガタイが言った。
「これは何ですか?」
僕は言った。
「銀行の通帳ですけど。見たことないですか?」
この言い様にイラっとしたヤセがまた過剰に反応した。
「身分証明書を見せて下さい!」
いきなりID提示要求を突き付ける能無しのヤセ。
オッケーついていくぜ、どこまでも!
免許証を見せて「ほら、若くないでしょ?」またもや顔をゆるめながら言ってしまった。
しかも調子に乗って「あなた方の方がよっぽど若いんじゃないんですか?一体いくつに見えたんですか?もういいでしょ?行っても」

今度はガタイが腕をかるく掴んで「ちょっと壁側までお願いします」
えっ今度は何?
まさか始めてのあれ?
またニヤニヤしてしまった。
そう始めてのボディチェック!
能無しどもは感情に身を任せて罪の無い中年を何度もワカモノ呼ばわりしたあげくに、人込みの新宿地下道で辱めにあわせようというのだ。
僕はアメリカ映画のように人込みの中、通路の端に連れて行かれ壁に手を尽き尻を突き出す。
尻はもちろんマリリンモンローのようにセクシーに決める。
ガタイが上から順にボディを触る。
ナイフを持つ真の若者がどこにナイフを忍ばせているのか知らないが、股の付け根までいじりまわす。
そんなとこまで触るのか。
気持ちが悪い。
まさか制服マニアのホモか?
もしかしたらそうかもしれない。
あまりにも彼らの行動はおかしすぎる。
大体、股にナイフ忍ばせてちゃウカウカ転べもしない。
が、そんなことを考えているうちにお触りも終わり能無しどもはこう言った。
「とにかく危ないですから気をつけてくださいよ!ご苦労様でした。」と。
危ないですよとはなんだ!
今まで加害者だったワカモノの僕はいきなり刺される側の中年被害者になったのか?
お前らいい加減にしたまえ!

だがまぁいい。もう大人だ。ちょっと面白かったし。
僕は「黒いカバン」を二十年ぶりに口ずさみながら小走りで映画館へと向かった。

スポンサーサイト

SANBUN |


| TOP |

カテゴリー

+Link+

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。