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胃ガーン!2

父カツオと僕が育った地元以外で歩いたのは何年ぶりのことだろう。
胃カメラ本番の日の朝。
千駄ヶ谷の銀行で検査の為のお金を下ろし、自動ドアを出て歩き出すとすぐに後ろから声をかけられた。

「さすが金持ちは違うな」
振り向くとニヤニヤしたカツオだった。
僕らは病院で待ち合わせをしていたのだがちょうど鉢合わせたようだ。
同じ電車に乗っていたのかもしれない。
銀行から出てきた僕に、カツオは彼特有のジョークを僕に投げかけたのだ。
僕は金持ちじゃないのに「金持ちは違うな」というところがこのジョークの全てだ。
「それ持つよ」と僕はカツオが持ってる重そうな手提げ袋を持った。
荷物は母アツコが僕に買ってくれたご飯専用の土鍋だった。
アツコからはあれから頻繁に電話がかかってくる。
その中の話の流れで「じゃぁあんたにも買ってあげるわ。うちで使ってるのと同じヤツ。これで玄米炊くとホントおいしいから。白米だってもちろんおいしいのよ。今度病院行くときにお父さんに持って行ってもらうから」
カツオに手渡せれた土鍋はずっしりと重かった。
僕は検査が終わったらこの最高に晴れ上がった天気の中、新宿までぶらぶら歩こうと計画していたのにこれじゃ無理だな、と思った。
「お父さんはどこが悪いの?」
僕らは歩きながら話す。
「なんか鼻と目の間に膿が溜まっちゃったみたいで痛いんだよな」
見ると確かに鼻と目の間がぷよぷよ膨らんでる。
針を刺せば飛び出してきそうな勢いだ。
仕事は見つかったの?
「うん。市役所に届いた手紙を各部署に渡して回る仕事っていうのに決まった」
僕はマイケル・J・フォックスがそんなことをやってる80年代の映画のワンシーンを思い出す。
確かそれは楽しげな映画だった。
10代の後半にやっていたビデオ屋のバイトの時に片っ端から観まくった映画のひとつだ。
内容はまったく思い出せないし僕の記憶からそんな映像が瞬時に掘り起こされること自体驚きだった。
カツオもあの映画の中のマイケルのように、楽しげにカートを滑らしながら、踊るように手紙を渡していくのだろうか?
仕事前、マグカップに入ったモーニングコーヒーを片手に仕事を始める各部署の人らを、彼のジョークで笑わせながら、たまには都市緑化開発部の若い女の子のお尻でもタッチしながら、、、。
そうだといいな、と僕は思った。
「それが週3日だから今やってる蘭の水撒きと合わせると結構な収入になるぞ。お前の倍くらいは稼げるかもな」
そんなことはない、絶対にない、、、。
僕はそのジョークを流しながら「そうだね、毎日仕事があるほうが体の為にもいいよね」とだけ言った。
彼は2年前に心筋梗塞で倒れオーガニックの野菜売りをやめてから今もリハビリ中なのだ。
場違いなアクセサリーのようなニトロをいつでも首からぶら下げている。
この間は自分の企画した旅行で調子に乗って酒を飲みすぎニトロのお世話になったそうだ。
カツオ一世一代の体を張ったジョークだ。

「じゃ、しっかりな」
病院に着いてカツオはそこだけ普通に僕に言って自分の病棟へ向かった。
誰もいない内視鏡検査室の前のソファに腰を下ろしたがすぐに声がかかった。
僕は重い土鍋と病室に入った。
若い看護婦さんに胃カメラは初めてかと聞かれた。
そうだというと、うれしそうに「じゃぁ頑張らないとねっ」と言った。僕はかるい不安を覚える。
「じゃまずこれ飲んでね」と渡された代物はどう表現していいかわからないほどこの世で一番不味い液体だった。
バリウムの方が全然ましだ。
「次は横になって肩を出してね」と筋肉弛緩剤の注射を打たれた。
「じゃぁ次は起き上がって口を開けて」と口の中に麻酔の喉スプレーを噴射される。
「すぐに利いてくるから」といったそばから今までに感じたことのない喉の違和感に戸惑う。
この感覚はなんだ?
ずっしりと喉だけが重く感じる。
声が思うように出ず何か喋ろうとしてもその声は言葉にならず下へ零れ落ちていく。
「うがぁがぁがぁ」と低く唸る僕を尻目に「じゃぁ検査室に行きましょう」と若い看護婦は言った。
僕はかなりナーバスになったまま引きずるほど重くなった土鍋と検査室に入る。
そこには若い検査技師と年寄りの看護婦が待ち構えていた。
検査技師はハキハキと手馴れた調子で
「えぇっと佐藤さん初めてですね、ちょっと苦しいかもしれませんけどすぐ終わりますので頑張りましょう」
今日は応援ばかりされている。
医者が頑張れということはかなり苦しいのか?
さらに僕はナーバスになる。
しかし検査技師のハキハキした口調と年寄りの看護婦さんの手際のよさに何だか安心する。
僕は横に寝かされ口に管を円滑に通す為のプラスティックの筒を咥えさせられる。
口の下にはヨダレ用のタオルが敷かれた。
「じゃ、入りますよ」検査技師は先端から強い光を発する細い水道管みたいなものを僕の口めがけて入れてくる。
「最初が一番苦しいですから。そこを通ればあとは楽になりますからね。それとなるべく唾を飲み込まないようにしてくださいね」
さぁいよいよ入ってくる。
僕は身構える。
「楽にしてね」年寄りの看護婦が言う。
「行きますよ」いざ挿入、、、。
すぐに喉に突き当たる。
「はい、ここ一番苦しいですよ、我慢してね」
先ほどの麻酔は効いているのか?と疑いたくなるほどに違和感を感じる。
胃カメラの先端は決してとがってはいないのだが喉にグッグッグと引っかくように押し込まれる。
喉の柔らかい肉が切り刻まれるようだ。
「はい、唾を飲み込まないで」そ、そんなこと言ったって、、、。
「唾、飲み込まないで」いやもう無理ですぅ。涙が出てくる。
「つらいのここだけだから。はい飲み込まない!」
僕は今まで肉体的につらく痛い思いを人並みにやってきたつもりだったがまだまだ世界は広い。
感じたことない違和感と異物を喉に押し込まれている恐怖と窒息しそうな苦しさの中僕は、無心になれ!機械になるのだ!オレは今マシーンなのだ。だから痛くない。先生の言うとおりここを過ぎればきっと楽になる。みんなやっていることだ!と何度も唱えるように大量のヨダレを垂らしながら祈った。
何度目かの唱えの後すっと楽になった。一番狭い喉をやっと通過したようだった。
それでも異物を体の中に入れているなんともいえない気持ち悪さは拭えない。
「はい、じゃ今度は液体を入れますね」
何?液体なんかどうやって入れるんだ?いきなり胃が冷たくなってくる。
そうか。この水道管みたいのは<何でも棒>なのか。
何気に関心していると「今度は空気いれますからね」何?空気まで送り込めるのか。
一台何役も出来るのだなとさらに感心。
苦しい中で僕はテレビショッピングの一台何役かの高枝切バサミを思い、
空気を入れられてからはパンパンに膨らんだカエルの腹の様を想像した。
そんな余裕も生まれた時「あぁこれはどうかなぁ」といきなり先生が呟いた。
「ちょっとだけ気になる箇所があるので組織だけもらいまぁす」
何だ何だ?その「はーい、次ギターの音もらいまぁす」みたいな言い方は。
すでにかるい告知なのか?
それはそうと僕はそんなことよりこの水道管みたいなものにハサミまで付いていることの方に関心し、さらに僕は壮大に無人火星探査機を今度は想像した。
しかしこの医療マシンが素晴らしいことはわかったがせっかくだったらもう少し細くしてくれよ、頼む。医療機器開発者様方。
一体どれほどの涙とヨダレを放出したのだろう?
やっと終わった検査の僕は干からびた体と麻酔と精神的苦痛でいっぱいだった。

ふらふらの体を起こされて待合室のソファに体を投げ出す。
これから今日の結果を別室で聞くためだ。
それにしても腹が減った。
昨夜から絶食、禁煙状態なのだ。
おそらくこれからまた1,2時間待つのだろう。
検査室でもらった紙を読む。
組織を取った人は昼食は液体のみで夜も流動食だけにするようにと書いてある。もちろん酒もタバコもコーヒーも今日はNGだ。
マジスカ?それはつらい。組織を取らない人は麻酔が切れたら何でもOK。あぁうらやましい。
僕はそのつもりで今日は来ていたので帰りに食べるランチを楽しみにしていたのだ。
絶食の後にまだ酒もタバコもコーヒーもおいしい食事も味わえない一日が始まると思うと途方に暮れる。
しょうがない。
あきらめるしかない。
僕は持ってきた本を開ける。
ダメだ。
何も頭に入ってこない。
麻酔の効いた体を楽しむ余裕もない。
待合室は病人と看護婦さんが行きかいソファにはたくさんの老人たちがクウを見つめている。
頭がもうろうとしたまま僕もいっしょにクウを見つめる。
その時カツオがやって来た。
「おぉ、どうだった?ガンだったか?」ニヤニヤしながら聞いてきた。
わかんないけどもう一回来ないといけないみたいと言った。
「なんだ、ここの医者は慎重だな」と言ったきり黙った。
僕はだるくて話す気分じゃなかった。
しばらくするとカツオの名前が呼ばれ薬をもらい「帰ったら母さんに電話しな」と言って帰って行った。
それから1時間後。
やっと僕の名前が呼ばれ病室へ入る。
そこには僕の胃の写真が4枚並べてあった。
どれも艶のあるピンク色でキレイなものだった。
アンディウォーホールのファクトリーでニコが僕の胃壁色のルーズなソファに座っていたらきっと素敵だ。
「佐藤さん、これ見える?少し白くなっているでしょう。ここね、ちょっと切って検査出しますからね、また10日後くらいに結果聞きに来て下さいね、じゃそういうことで」と検査技師と同じことを言った。
2時間待ってこれか、、、。
僕は金を払うのにまた30分待ちやっと開放された。
外の天気は最高潮に良い。
ランチタイムに重なったせいか首から携帯やら身分証明パスをぶら下げた多くの会社員の人たちとすれ違う。
彼らは一様に4,5人でかたまり、真っ白いシャツをまとい女の子は決まって小さなポーチを持っている。
僕の持つ土鍋は朝と同じように未だずっしりと重いままだった。

それから僕は西へ真っ直ぐ向かう各駅電車に乗り込んだ。
やるべきことは何もない。
自分の駅に着くまでの30分間、午後の空いた車内でただ流れていく窓の外を眺めた。
誰か偶然にも乗り込んできて欲しい。
喋れる相手なら誰でも良かった。
世間話でいいんだ。
僕は誰かと話がしたかった。

無言で降り立った駅ビルの食料品売り場は人で溢れていた。
女の人たちのカゴの中は食材でいっぱいだ。
青々とした葉野菜、ずっしりとした根野菜、おいしそうに揚がった写真の入った冷凍フライ、淡白いカジキの切り身3枚、セールをしていたウドンの乾麺、お徳用挽肉、納豆、牛乳、油揚げ、お酢、ポテトチップス、レモン、菓子パン、発泡酒。
僕は豆乳をひとつだけ買うために列に並んだ。

いつものようにモモタは玄関を開ける前から靴箱の上で待ち構えて僕の顔を見るなり「お帰り」を100回言った。
ハルタはいったんキッチンまで走り逃げその後何事もなかったようにゆっくりと僕の側まで来て足に体をこすりつけた。
それから僕はキッチンに行きジャガイモの皮を剥き薄く刻んだ。
少しだけあまっていた玉ねぎも薄く刻む。
厚手の手鍋にバターをひいてじっくり水分が飛ぶように炒める。
塩を入れるとより早く水分が飛ぶんだ。
いい感じなったところで豆乳を注ぎブイヨンを少し入れ沸騰直前で火を止める
沸騰すると分離してしまって触感が悪くなる。
それをミキサーに流し入れ回す。
元の手鍋に濾しながら戻し再度温めながら薄く切ったパンをオーブンで焼く。
濃厚でシチューにも匹敵する旨さの豆乳のポタージュを皿に盛り、浅葱を飾る。
焼いたパンは柔らかくなるまでポタージュの底に隠しておこう。

食事を済ませソファに寝転がる。
いつものようにモモタがこのまま太らないようにと僕のお腹に乗りモミモミとマッサージをしてくれる。
そして顔を向き合わせるように手を鎖骨の辺りにキレイに揃えてやっと落ち着く。
ひと仕事終わりましたからあとはここでゆっくりさせてくださいよ、とばかりに。
緑の目に僕の顔が映る。
ふと、モーちゃんとも長い間いっしょにいたね、と何気に思った瞬間、そんなつもりは全然なかったのに僕は涙が止まらなくなってしまった。
僕の意思ではないところから生まれてるようなこの涙は、あれほど干からびたはずの体から毒でも出すように、後から後からとめどなく流れ出す。
より純度の高い毒を出すかように僕は、声を出して泣いた。
モモタはそんな僕をいつものように、いつまでもいつまでも飽きもせず、ただじっと眺め続けていた。

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