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カルフォルニアから宇宙の果てまで

カルフォルニアという店がある。
本当の名は知らない。
勝手にそう呼んでいるだけだ。

その店は僕の住む町の地下の駅から地上に上がったすぐのところにあり
駅前だと言うのに午前中から開いていて扉も何もない。
バスのロータリーまで溢れ出るビールケースに鉄板を乗っけたそんなテーブルがせりでている焼き鳥屋だ。
風が吹けば倒れてしまいそうなバラックの建物の中で
もうもうの煙に霞みながら数人の気難しいそうなオヤジと威勢の良い若者が焼鳥を焼きビールを注ぐ。
いつ出来たのかは知らないが昔、駅周辺がバラックでにぎわっていた頃の名残らしいのでかれこれ4、50年になるのだろう。
きっとタイムマシンに乗ってどの時代に降り立ってみても
その店では気難しいそうなオヤジと威勢の良い若者が焼鳥を焼きビールを注いでいたんだろう。
それは戦後という言葉が今だ似合う貴重な年月を耐え忍んだ町の風物詩のようなものなのかもしれない。
それは風のように物語り、そして詩へとソリッドに浄化していく。

夜ともなれば今夜のおかずのテイクアウトから立ち飲みまで駅前と言う立地も手伝いかなりの賑わいになる。
そのためか夜は回転を良くするためか焼き置きしたものをかるく炙っているので、行くなら昼がベストだ。
昼に行けばワンオーダーで焼きたてが食べられる。
そんなわけで僕はここでよく午後のひと時を過ごす。
しょうもないランチをせわしく食べるくらいならここで太陽の光満載に浴びて焼鳥片手に冷たいビールを飲んだほうがマシだからだ。
その衝動はやはり天気の良い日に起こる。
Tシャツ、短パンでしか耐えられないような暑い午後の衝動だ。
ムルソーは太陽のせいで人を殺してしまったが僕は太陽のせいで焼鳥とビールを欲する。
これでグラサンでもかけてりゃ太陽のせいでジョギングにいそしむスノッブなカルフォルニア人となるのだろうが、
日本人なので酒も肉も煙草もやるしあいにくジョギングは苦手だ。
しかもテリヤキならまだしも焼鳥だ。
仕方がない。
オレは日本人なのだ。

スタイルはさておき、僕は古本屋と普通の本屋に寄って、目当てと衝動の何冊かを買いそれを肴にビールをあおる。
顔には熱い陽射しが照りつけ手元には冷たいビールと買ったばかりの未知の読み物。
生暖かいバスの排気ガス交じりの風がロータリーを3回廻って吹き抜ける。
お腹がすけば焼鳥を2,3本食べれば良いのだ。
鉄板のテーブルに大ジョッキの生ビールと焼き鳥が置かれる。
今日のメニューはレバーと皮ピーマンと鴨ネギと漬物だ。
昼間の駅前は全てのジャンルの人間が僕の前を通り過ぎていく。
僕は活字に疲れるとその流れるような人達をただ眺める。
その人らは大きく分けると3つのジャンルに分けることが出来る。
<昼間から焼鳥の匂いを嗅がされいやな顔をする人>
<夜が待ちきれないでうらやましそうな顔をする人>
<何事も無い顔で通り過ぎる人>
僕は自分が通りすがりの通行人であった場合はどれに当てはまるのか考えてみる。
1分考え「全ジャンル網羅するだろう。結局はその日の気分なのだ」という結論になる。
考える事はいくらでもある。
どうでもいい事から、どうでもよくない事まで。
こんな風に1分で解決する事もあれば何年も何十年もかかる事まで。
ふとこんな事も思う。
目の前のロータリーが草野球場だったらいいのにと。
子供の頃に河川敷のグランドでの土から湧き上がる熱い照り返しと草と川の匂いを思い出した。
下手くそだったけどボールを追いかけるのが好きだった。
その宙にあるボールを追いかけて取り、投げ返すのが好きだった。
しかし空中に置いたままの目線はすぐにカットアウトされ現実への場面と変わる。
映されたのはロータリーをグルグルと回る醜い広告のバスであり
うだる暑さの中その円周に沿って並ぶ人々であり
遠くのヘリコプターの音であり
焼鳥を昼からビールで流し込むビーサンをはいた僕なのだ。

今日の読み物に選んだのは科学雑誌<Newton>だった。
<Newton>は僕が小学校の頃に創刊された
大変綺麗な写真と最新の科学情報がわかりやすく載っている雑誌だ。
当時の僕はそんなスタイルのこの雑誌に魅了され親にねだって定期購読をしていた。
今思えば難しいテキストは飛ばして写真しか見ていなかったようにも思えるが
それはそれで(解らないなりにも)未知の知らない世界に興奮したものだった。
いつ定期購読を止めたかは覚えていないが、それからはおもしろそうな見出しに吊られては買って読んできた。
僕の宇宙好きはこの雑誌から始まったといっても過言ではないだろう。
しかし今日買った理由はいつもと違った。
創刊からのNewton編集長でもあり地球物理学の権威でもあった竹内均氏の追悼版だったからだ。
僕の人生を変えた科学バカのオジサンが死んでしまった。
どの世界でもそうだがとっつきにくい世界を飛び出し
(当然その多大なる知識を有しながら)
わかりやすく世間に知らせるというのはとてもエネルギーがいることだし
そういう事って出来る人にしか出来ないことなんだと思う。
僕は音楽をやっているが僕のその世界
(音楽の根底を共鳴しあえるジャンルを超えた友人らとの世界)
ではそれをポップなこという。
そしてロックな事とも言う。
なぜならとっつきにくい科学のことを
<今までに無い違うやり方>で<解りやすく>雑誌にして<続けている>からだ。
そういう意味で竹内均氏は僕の中でロックでポップなオジサンだった。
そしてそれに影響を受けた僕に一生の趣味を与えてくれた。

ポップ=悪=非ロックみたいな自称ロッカーが世の中多いが
ロックとは常に<各自の初期衝動を保ちながら革新>していくことであり
それを<他者に伝えていく>ことではなかろうか?
それを証拠に歴代のそう言われた人たちはこの点を確実にクリアーしている。
僕はそういう意味でロックなことをやりたいといつも思い今までもそうしてきた。
だからと言って人に「ロックですね」などと言われたいとは特に思っていないが
「あなたはロックじゃないですよ」と自称ロック好きのひとに言われたら腹が立つ前に悲しくなってくる。
見た目や演奏する音楽により決定付けられている風潮はあまりにもバカバカしくついていけない。
もう少しその脳みそをフルに使って物事に取り組んでみたらいかがだろうか、と思ってしまう。
<うわべのイメージだけで物事が進みブームが起き大多数の人がそれに流されてしまう>のはこの世界の常識だ。
それは全ての物事に対しても。

そしてそれらの行為はたいてい他者と作り上げていく。
他者とやる場合、最終的には<全てをひっくるめたカオスな意識のグルーヴ>というものにたどり着く。
各自が持ち寄った意識をどこまで分かりあい
メンバー以外の聞き手にうまく伝える事が出来るかということだと僕は思う。
繰り返し繰り返し丁寧に根気良くグルーヴを作り上げていくその積み重ねが
2人以上で作り上げた音楽なりの個性を決定づける。
そういう意味では僕は今考えれば一度最高のバンドを手に入れたが、結局は見放され、見放す羽目になってしまった。
その時それ以上前に進めなかった自分を特に後悔はしていない。
その時はそういう気分だったのだしそれを尊重しなければこの先どこへも進めなくなってしまう。
ソロにはソロの利点がありバンドにはバンドの利点があるのだ。
要は自分がしっかりしてればどうにかなるもので
隣の芝生が良く見えるのは一生ついて回る欲望の一種みたいなものだから。

ここまで読み返してこんな普通の事を偉そうに書いてしまった自分が恥ずかしくもなった。
でもこんな当たり前の話が当たり前でないと言う事実があることも否めない。
書いてみるとあまりにも当たり前すぎて滑稽なことなのだが
コッケイケッコウ、これからの自分への確認も含めて。

話しが逸れてしまったがこの<Newton>という雑誌は日本の科学雑誌の中では実にポップでロックな雑誌である。
僕が子供のときに影響を受けたようにこれから宇宙飛行士になる人もきっとこれを読んできたのだろう。
ロックな人が作ったポップは人を変える力がある。
なぜならポップ=わかりやすいからだ。
しかし難しい一面もある。
聞き手側がポップに潜む作り手側の微妙なニュアンスを汲み取ることが出来るかどうかだ。
マニアックなものほどわかりにくいのは当然のことであり、それを悦に浸っていることはとても簡単だ。
(これはもちろん音楽に限らず極端なものほどお手軽なアートになり易い)
作者が作り上げたポップなものをどこまで感じられることが出来るか
これが聞き手側、或いは読み手側、鑑賞側(もちろん僕も含め)に向けられたメッセージなのだろう。


僕はこのSANBUNを始めたときから調べ物をして書かないと決めたのだがちょっと今回は引用して書きたくなった。
僕の思う音楽以外のロックでポップな人たち。
それは例えば心理学界の河合隼雄であったり
詩人界の谷川俊太郎であったり
少しマニアックだが相沢正一郎であったり。
(「ミツバチの惑星」という詩集しか持っていないが自宅の台所で書き上げる詩の数々はまさに日常と非日常をどこまでバランスをとる事が出来るかの挑戦したグッドワールド)


相沢正一郎の「ミツバチの惑星」はこんな序文から始まる。
「予期していなかった唯一のものは、まったく日常的な世界だった」{2001年宇宙の旅/アーサー・C・クラーク}

まさにこれはこのホームページのトップメニューの画像で
ボーマンが星々を疾走した後にたどり着いたあの白い部屋での台詞だ。

そして相沢はこう書く。

「無数の星の集まる銀河系の片隅でひとつの星が爆発する日の朝
わたしはぺちゃんこのチューブから歯磨きをちびた歯ブラシに押し出していた。
何やかやでくたくたになる一日が始まる。
さまざまな小さなことが次々に起って<きみ>のことを忘れてしまう」

その通りだ。
僕は深く共鳴する。

あるいは宇宙と台所の合作で言うならもうひとつある。
谷川俊太郎の「芝生」というあまりにも、あまりにも有名な詩だ。
これはソラで書ける。

「そして私はいつか
どこかからか来て
不意にこの芝生の上に立っていた
なすべきことはすべて
私の細胞が記憶していた
だから私は人間の形をし
幸せについて
語りさえしたのだ」
{夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった/谷川俊太郎}

僕は初めてこの詩を読んだ10数年前に動けなくなってしまった。
詩集のタイトルも「夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった」
とても良い。
素晴らしい。
谷川俊太郎は教科書にも載るくらい人々に浸透したトップ詩人だが、
その多彩な活動振りからアート風のバカからは敬遠されたりするのだが、
僕はこの人のロック振りとポップ振りにはやられてきた。
もちろん全部が全部僕の細胞に入り込むわけではないが(違う人間として)
詩人と言われながらそれで喰っていきつつ台所で湿気た煎餅を齧るこの隣町のオッサンを僕は僕のアイドルと呼ぶ。
同時代に近所に住んでいることを幸せと語りさえしたい。

なんだかついでだ。
ここまでやるのはかなりの自己発表&自己満足で頭の回るひねくれた人に
「君は自分好きだね、キャハッ」とか言われそうなのだがヨッパッラってしまった以上仕方が無い。

次の手紙は去年池袋のジュンク堂で半年間くらい行われた
「谷川俊太郎が書店長」の本屋にCDを置いてほしくて書いた手紙だ。
CD(息子のとか)が置いてあったので駄目もとでトライしてみたのだ。
オレはやる時は結構行動するのだ。
サムイほどに、、、。


谷川俊太郎様
はじめまして。
突然のお手紙お許し下さい。
僕はポップミュージックの中でいかに言葉をのせていけばいいか
考え続けている隣町在住のミュージシャンです。
先日電車の中で拾った新聞を読んでましたら谷川さんが書店を開いているとのことで昨日早速行ってみました。
閉店間際なのと理工書専門フロアという分野のせいか人はまばらで
果たしてこんなところに谷川さんの書店があるのだろうか、と思ったほどです。
階数を確認し店内をひと回りしそこにたどり着きました。
人は僕だけでどきどきしながら本を眺めていたら
まるで谷川さんの頭の中に入り込んだ気分になってしまい
あの偶然誰もいない閑散とした独りきりの状況と
谷川さんの頭の中にいる(あるいは、上質な言葉の海の中にたゆってるような)感じが
20代中頃全てにいきずまり2年くらいうまく寝れずに谷川さんの言葉に助けてもらった夜と重なりあい
涙が溢れ出てきて止まらなくなってしまいました。
このままだとかなり怪しいやつだと思われそうなので
一旦その場を離れ体勢を取り直そうとテーブルのところで休んでたときに
ふとあるお願いを思い付いてしまい
いてもたってもいられなくなってしまいました。
 
僕はその日3/10にP-VINE RECORDS (もともとはアメリカのブルース、フォーク専門のレコード会社)
から発売された自分のCDのプロモーションの帰りで
CDと資料を持ち歩いてたものですから駄目もとでこの作品も並べてはもらえなかと勝手な
そして無謀なことを思い付いてしまったのです。
無理を承知でここで行動を起こさないとあとで絶対後悔するのは自分の性格上わかってましたので
とりあえず話しだけでも聞いてもらおうと担当者の矢寺さんにお会いしました。
矢寺さんは突然のアポなしにもかかわらず話をとても真剣に聞いてくださり、興味を示してくださいました。
僕はたまたま隣町で相棒の杉山修の実家は谷川さんのお宅のすぐそば
(ちなみに杉山兄と谷川さんの娘さんは同級生だったらしいです)
ということもあり自宅の場所もたぶんわかると伝えたところ
それだったら直接ポストにいれたほうが気持ちも伝わるのではないかとのアドバイスを頂き
このようなことに至った訳です。
 
僕らはNON-POLY(ノンポリ)といいまして2人組みのユニットです。
このアルバムは詞、曲、演奏、録音、ジャケデザインまで2人だけで作り上げました。
インスト中心で(僕自身のソロバンドはもっと言葉の詰まった唄物のバンドです)
何国の音楽かわからないような、そして映像が見えてくるような(とびだす絵本とか、短編映画とか)
そんなことを思いながら作った作品です。
自分でいうのもなんですが、結果、子供から音楽マニアのひとまできけるような
日本人から、外国人、宇宙人?まできけるような仕上がりになったと自負しています。

このような依頼、手紙など毎日のようにやってくるとお察しします。
僕はこの作品が店頭におかれなくてもかまいません。
(最初から駄目もとでやってることですし)
ただもしお暇なときにでも谷川さんに聴いてもらえたらと思います。
確実に僕の頭の中には谷川俊太郎のコンプレッサーがあり、それを通して出てきた作品には間違いありません。
いわば谷川俊太郎の知の孫みたいなものなのです。

とても長くなってしまいました。
僕はリスペクトされたアーティストの方々にこのような手紙をだすのは初めてなものであまり書き方とかわからず
とりとめもなく、気持ちだけで書いてしまったことをお許し下さい。
しかしこのような行動を後押ししてくれた矢寺さんに感謝したいと思います。
もうすぐ春です。
お体に気をつけていつまでもお元気でいられるよう願っています。                  

サトウヨシヤ

その後の連絡は何一つ無い。
僕は失敗をひとつ犯していた。
あまりにも行動が先走り早くこの作戦を実行したくてたまらずに
パソコンで打ちプリントアウトして署名だけしたものを自宅のポストに投函してしまったのだ。
衝動とは怖い物だ。
僕はたまにこのような衝動を抑えきれず突っ走り後で後悔する事がある。(最近は無かったのだが)
どう考えてもこの手の手紙は自筆でしょう。
後になりそう思った、、、。
基本的にアホなんだよ、オレは、、、。
謝りの手紙を出そうかとも思ったがその気力はその時にはもう無くなっていたのだ。
気力があれば頑張れる子なんだが、惜しい。

そんなこんなで僕は今カルフォルニアから良い気分で帰って来て
若手ニューヨークパンクを聞いた後ベテランニューヨークパンクと言われたルーリードを聴きながらこれを書いている。
今日から梅雨に入るって言うのに天気は最高に良い。
開け放した二つの窓から風も適度に流れとても良い感じだ。
昼から酒を飲んで悪いか?いや悪くは無い。
特に誰にも迷惑はかけていない。
カルフォルニアのテーブルの僕の隣にいた初老のオジサンだって
ドイツ人と日本人のカップルだって
揺れながら立ち飲みしてた浮浪者だって
誰も迷惑なんかかけてなかった。

昨日連絡の途絶えていた友達から手紙をもらった。
それは獄中からの手紙だった。
彼は僕の中では絶大なるミュージシャンであり彼と作り上げた音楽を誇りにしてきたのだが結果
法律的にそんな事態になってしまった。
彼が誰かに迷惑を掛けたか?
いや、人として生きる平均以上の迷惑はかけていないはずだ。
彼は音楽を作るにあったって頼らないといけないものがあり、それがたまたまこの国で違法だっただけだ。
気持ちはわかる。

作り手は藁をもすがる思いの日々が大半なのだ。

僕は出所した彼に電話で豪快に笑った。
「やっちゃったねぇ、面白かった?獄中生活。もう満足でしょ。またいっしょにやりたいね」
彼も相変わらずのウッデイバレン並みのイカシタ切り換えしをしてきた。
「牢屋の音いいね、ライブ感あってさ、お前のアコギにすごくいいよ」
、、、だからまぁ元気なのだろう。


誰かが僕の背中を今、触った。
引きこもりの黒猫ハルタが、手を伸ばし触っているのだ。
ちょっと話しかけたら調子に乗ってひざにのってきた。
そんな午後。
もう眠くなってきた。
最高の惰眠がとれそうだ。

最後に(どんな最後だ?)僕の思う宇宙について。


宇宙

僕の言う宇宙とは
オカルトチックな物ではなくて
なんて言うかもっと
現実的なものだ
ただこの広い空の向こうの
先に広がる暗闇に
ちっぽけな人間の想像は及ばない
無機質でクールな物事の進行が
ちゃくちゃくと進められている
そんなところだ。

自分勝手な
ちっぽけな脳みそでの解釈で
未知の物を崇め
何人もの神様を作り上げ
名前を付けるのは簡単だが
それはあまりにも愚かで
馬鹿げている。
それは人間の本能のようでいて
そうではない。
いつの頃からか生まれ始めた
新種の病気みたいな物だ。
神はそこら辺にある鉛筆でもいい。
明日は冷蔵庫に眠る
グリーンマスタードだっていいのだ。

そんな事よりももっと普通に僕は宇宙を感じていたい。

未知なるもの
色すら付けられないような
拒絶される君のように
僕の力など到底及ばない物であって欲しい
願わくば
皆が皆そうであれば言う事は無い。

そんな事よりももっと普通に僕は宇宙を感じていたい。
首を上に傾ければ普通に見える空の向こうのよくわからない場所を
普通に感じていたい

広い物は広く未知な物は未知として
ただそこにある普通の物として

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